アフガン戦争取材と報道革命

<文化環境研究所の2002/3/11記事から転載>
IT技術が、放送ジャーナリズムの世界に革命を起こしつつある。
個人が、世界中どこからでもTVの生中継をすることができるようになったのだ。その最初の例を、アフガン戦争取材の現場から報告する。


【はじめに】
昨年末、アフガニスタンに行った。五人のフリーのビデオ・ジャーナリスト・チームの一員として。我らが持った武器は、小型デジタルビデオカメラだ。
今回のアフガン戦争取材では、インディペンデントなジャーナリストが大きな注目を浴びた。新しい情報機材やWebを駆使して、史上初めて、個人が現場から直接世界を対象に報道が出来るようになったからだ。
三ヶ月にわたった取材期間、私が身を置いた現場でも、自分の手によって、報道革命を進めている確実な実感があった。


【戦争報道がもたらした変化】
湾 岸戦争のテレビ報道において、注目される映像があった。ひとつは例のミサイル主観映像。ミサイルから送られてきた、目標を捉えてから破壊直前までの生々し い映像だ。ふたつめは、バグダット空爆時のCNN生中継。これは、前もって現地から送られた映像を使用し、それに音声を生中継でのせて放送したものだ。
いずれも、世界中どんな所でおきた出来事でも即座に放送される時代、速報性が要請されるテレビ報道の時代を象徴する映像であった。
報道における発信地の非限定性と即時性。
それに加えて、今回のアフガン戦争報道では、報道を担う主体の非限定性が発露した。
個人、インディペンデントが新たな報道の主体となる可能性が明らかになってきたのだ。


【始まった報道ダウンサイジング】
従来、テレビ局など大手メディアは、以下のような形で報道を行っていた。
1>プロ用の高価なカメラで撮影した映像を、
2>専用の衛星中継機・フライアウェイで放送局に送り、
3>これまたプロ用に整えられた設備で編集し、放送する。

この1〜3に沿った従来の報道体制だと、億単位の設備投資に最低数十人の専従スタッフが必要だ。ところが、この全てを、安価で楽に持ち運びできる機材の発達のおかげで、個人の手によって、インディペンデントでできるようになったのだ。
必要な機材投資はせいぜい二百五十万円。報道のための人材は、極端に言えば一人でも可能だ。


【個人の手で報道をするために必要なのは#1】
▽まずビデオカメラ。
デジタル、高画質、安価な新方式の小型ビデオカメラが登場した。いわゆる「業務用」ジャンルの製品で、プロが使う地上波放送用の高価な機材より格下とされている。しかしながら、安い。さらに、その画質はテレビ放送に耐えるレベルだ。
私が持って行ったのはソニーDVCAM方式のPD-150。
テープは小さくても40分録画できる。
しかも省電力。バッテリー1個で1日使えるから、たくさん持っていく必要がない。
同じ幅のテープを使う別ののデジタル方式には、松下系のDVC-PRO方式がある。こちらは、海外も含む放送局の報道セクションで一部標準採用しているところがある。しかし、PD-150と同クラスの安いカメラが無い。


【個人の手で報道をするために必要なのは#2】
▽ビデオ編集するノートパソコンと編集ソフト。
DVCAM方式はデジタル方式だ。このデジタル映像をコンピュータ−に直接取り込む。あらかじめインストゥールしておいた編集ソフトを使って容易にノンリニア編集ができる。この編集ソフトで映像に字幕を付けたりエフェクトをかけたりも可能だ。
今回私が持っていったのは、マックのiBookファイナルカットプロ2。
パソコン内蔵ハードディスクには、容量限界があり、長時間の撮影済み映像を全て取り込めない、というのが難点。しかし、荷物になるのを厭わなければ、外付けディスクを持っていけば解決できる。
何といってもノンリニア編集は、楽で早い。


【個人の手で報道をするために必要なのは#3】
▽映像送信や情報収集用のインマルサットM4衛星電話。
こ の衛星電話は、報道革命に決定的な意味を持つ。M4は64kデータ通信ができる。これにISDNテレビ電話を接続すれば、どんな所からでもライブ中継可 能。フレーム数や画質などは、テレビ電話並になる。北部同盟の前線から、テレビ電話を使った現場中継を、日本のテレビ局だけでなく、BBCもやっていた。 データ通信の料金は1分1,000円程度。これでもフライアウェイよりは安上がり。何よりも、畳めば大きめのノートパソコンほどの大きさで、どこにでも 持っていける。

このM4にパソコンをつないで、編集した映像をWeb経由で送信できる。64kで圧縮をかけない映像を送るとすると、映像の実尺より数十倍の時間がかかる。そのため、電話やパソコンのバッテリーが途中で切れないように電源確保が必要になる。
私の場合、日本のプロバイダーにダイヤルアップアクセスをし、日本で確保したサーバーに映像を送った。
ブロードバンド放送用等、地上波放送並の画質でなくて良い場合、ファイナルカットプロ2で編集済映像に圧縮をかけて送ることができる。その場合、データ量が減るから送信にかかる時間は短くなる。
また、当然だがWebを通して毎日のニュース、情勢の確認もできた。現場にいるとはいっても、離れた場所の情報はなかなか直接入ってこない。米軍の動きなど、短時間で更新される情報の入手には、思った以上に威力を発揮した。


【独立放送局で世界と勝負!】
たったこれだけだ。

これだけの機材なら、一人で十分運べるし、まだ高価なのは間違いないが、個人で入手できなくはない。

たったこれだけ持って行けば、世界中どんな所でも、いつでも、ニュース発信が可能になったのだ。

さらに、独自にストリーミングサーバーを確保しておけば、直接全世界の人に、個人で取材した映像を配信できる。
これで、独立Web放送局のできあがり!


こうなってくると、単に報道の方法論が変わっただけでは済まない。従来の報道の枠組みや、メディアのあり方に大きな変化を促す「革命」的事態が出現しているのだ。
もちろん重要なのは、何を取材し報道するのか、その中味。
また、取材地の外から取材者をバックアップしたり、金銭的なことをクリアーする、複数のスタッフがいなければ、現実的には取材は成り立たないだろう。
でも、ついに、BBCやCNNと勝負できる、インディペンデントでも世界で勝負できる時代が到来したのは間違いない。

これで、やらなくてどうする!